「論理的思考力を鍛える」ってどういう意味?

2019年9月29日

このページでは「論理的思考力を鍛える」ために具体的にどんな指導を行っているのか、塾長が何を目指して授業をしているのか、例を挙げて説明していきます。

まなびやさんの考える「論理的思考力」の定義
 ―なぜ論理的思考力なんて必要なのか―

「こうだから、こうなる(こうする)。」
正しい根拠をもって判断し、行動することのできる能力。
これが、まなびやさんの考える論理的思考力です。

まなびやさんはお子さまの論理的思考力を、小学生のうちから徹底的に鍛えます。
そして獲得した論理的思考によって、お子さまの行動基準を変えます。

行動基準を「快・不快(子ども)」から「理性(大人)」へ。

「面倒なことはやらない。どうにかなるでしょ。」
から
「やるべきことはやる。自分の責任でどうにかしなければいけない。」へ。

私たち大人があたり前にできていることを、あたり前にできるようにする。
そして少しずつあたり前ができるようになってきたら、その量を増やし質を上げていく。

これが、まなびやさんの指導方針です。

勉強でも日常生活でも、お子さまに対して「そんなこともできないの!?」とイライラしてしまうことはありませんか?
子どもたちの頭の中は、私たちが思っているより遙かにカオスです。

「うちの子は算数が苦手」その本当の原因は?

例えば小学生にわり算の問題をいくつか解かせたあと、下のような問題を解かせます。

問:A中学校は去年300人の生徒がいましたが、今年は生徒が15人減りました。
今年のA中学校の生徒は何人ですか?

300÷15=20 答え:20人!

まさかこんな簡単な問題で…と驚かれる保護者の方も多いかもしれませんが、公立小学校に通っていて算数の授業についていけていない場合、このくらいの学力水準だと考えた方がいいです。

しかし、ほとんどの場合はこの状況がしっかりご家庭に伝わらず、なかなか問題視されません。
それは「小学生のうちは、理解していないのに間違い直しができてしまう」からです。

いやいや、15人減ったのにわり算はおかしいでしょ。よく考えて解き直してみなさい。

あっ!300-15=285 答え:285人→〇

今回の間違いは何が原因だった?

問題をちゃんと読んでなかったので計算ミスをしました。

よし、今度からはきちんと問題文を読むんだぞ。




このやり取りをどう思われるでしょうか?
子どもが自分で直せたし、「単なる注意力不足」だから心配ない。
そう考えてしまうのではないでしょうか。
(私も塾を始めたばかりの頃はそうでした)

…しかしこういう間違いをする生徒の場合、半数以上が数日後には同じ間違いをします。
定期試験で40点以下程度の学力の場合、中学生になっても同じ間違いを延々と繰り返します。

ごく普通に学校を卒業された、特に大学等を卒業された保護者の方々には想像もできないことだと思います。

なぜわが子がこんなに簡単な問題でつまずいてしまうのか…
それは、子どもたちは私たちが思っている以上に「足す・引く・かける・わる」の意味を理解していないからです。

論理的に思考ができていない、つまり感覚で解いているんです。

小学5年生以前でつまずいているケースでは、まず間違いなくこの概念が分かっていません。
「かける」は「増える」、「わる」は「減る」くらいにしか考えられていないんです。
だから、

生徒が15人「減った」&「今までわり算の問題を解いていた(だからこの問題もわれば答えが出るだろう)」

÷15をすれば答えが出るはずだ!

間違い直しの時には、
「÷じゃないのか、じゃあ-だな。」という思考になってしまっています。

これはまだ頭の中が未成熟で、本能や直感によって問題を解いている状態です。
本人の中ではきわめて論理的なんでしょうが…。

まずは生徒に深く染みついた謎理論を引きはがすところから、まなびやさんの授業は始まります。

まなびやさんで実践している指導方法
 ―学力の「基礎」とは―

まなびやさんではこのような生徒に対して、四則計算の意味を説明するところまでさかのぼって指導します。
※もちろん、本当によく読んでいないだけで間違えた生徒に対しては違う対応をします

もう少し正確に言うと、勉強に使う「言葉の定義や概念」を、生徒の腹に落ちるまで繰り返し指導します。

これがすべての学力の「基礎」となる部分だと、まなびやさんは考えています。

「足す」とは「増える、加える」
「引く」とは「減る、少なくなる」
「かける」とは「○○倍になる」「同じまとまりが複数個ある状態」
「わる」とは「同じ数ずつに分ける」「ある数の中に、同じ数のまとまりがいくつ分あるか考えること(つまりかけ算の逆)」

お子さまの学習段階に応じて、具体例を挙げたり図を描いたりして考えてもらいます。

これを基本としながら様々な文章題を解き、「足す」とはこういう概念なんだ、「かける」とはこういう概念なんだという、言語化できない部分の能力を鍛えていきます。

スポーツ選手で例えると、あらゆる動作の基礎となる体幹を鍛えるイメージです。

これを積み重ねていくと、
「AさんはBさんより3時間遅く到着した(遅い=たくさん時間がかかる→足し算)」
「5人座れる長椅子x脚を用意したところ、2人座れなかった(5人のまとまりがx個→かけ算、2人座れない=思っていたより2人多い→足し算)」

というように、より高度な概念や難しい言葉を使った文章題でも理解ができるようになります。

このような過程を経て、「こうだから、こうなる。だからこうする。」という論理的思考力を鍛えていきます。
確実にじっくりと、です。

「論理的思考力」と「自分から行動できる力」には相関関係がある

このようにして、小~中学生のうちから確実に「こうすれば、こうなる」思考を身につけさせます。
この指導によって、自分から行動できる力(主体性)を身につけることができます。
その理由を説明します。

頭の中が未成熟な時期は本能、つまり「快か不快か」が子どもの行動を支配しています。
気持ちがいいことだけをやり、ストレスのかかることはやらない。
だからゲームやスマホは毎日睡眠時間を削ってまでやるのに、部屋の片づけや自主勉強は月に1時間でもできなかったりします。

これに対し、思考が成熟してくると理性、つまり論理的な思考によって行動ができるようになります。
やりたくないことでもやるべきことはやらなければならない、という判断と行動ができるようになる。

この「理性が快・不快に打ち勝つ年齢」には大きな個人差があります。
早い子だと中学2年生くらいで理性がかなり優先されるようになりますが、遅い場合は大人になっても快・不快の支配から脱却できません。

そしてこの年齢は、適切な指導によって早めることができます。

生徒の「頭の中の成長(行動基準の変化)」を適切な時期まで早めることができる、
これが、まなびやさんが論理的思考力を鍛えることを重視している大きな理由の一つです。

なぜ小学生のうちから論理的思考力を重視するのか

論理的思考力を鍛えることで、早い段階で「何となく、何とかなる」という思考から抜け出させる、そして自分で自分をコントロールする力を身につけさせます。

そうすると、結果として成績はどんどん伸び始めます。
周りの生徒がスマホをいじったりゲームをしたりしている中で、誘惑に負けず計画的に勉強ができるようになるのだから当然です。

すると今まで知らなかったこと、見えなかったことが見えてきて視野が広がっていきます。

初めは大変でも、ずっと続けたら本当にできるようになるんだ!

辛いことも、続ければ辛くなくなることを経験します。
「努力し続けるとどんないいことがあるか」を、お題目としてではなく体と頭で実感します。

この体験をとおして初めて、勉強が本当に面白くなってきます。

少なくとも私が今まで勤務してきた大手塾では、このような指導の仕方をしているところはありませんでした。
時間がかかりすぐに結果が出ないため、保護者の満足度が高められないうちに転塾されてしまうからです。

「志望校の合格は二の次だ。次の定期試験で結果を出せ。」これが至上命令になっていました。

しかし、私は小~中学生の時期の勉強体験は、あらゆる意味で子どもたちの一生に大きな影響を及ぼすと確信しています。
そんな子どもたちに、「ここはこういう公式だから、とにかくこのとおりにやりなさい」という指導はしたくない。
入試直前に取り返しがつかなくなってから「とにかく平均正答率の高い計算問題だけは取りに行け」という、「試験に合格するためだけ」の指示はしたくない。

そんな勉強が面白いはずがありません。
それは大人の事情の、大人による受験です。

「ただ合格点が取れさえすればいい」
そう教えられた子どもが、高校1年生からコツコツ大学受験のための勉強を続けられるでしょうか?
大人になってから、夢や目標を実現するために毎日努力し続けられるでしょうか?
塾や予備校に言われたとおりにだけひたすら問題を解き続けて、その勉強が子どもたちの人生にとってどれだけの価値になるのでしょうか。

鍛えられた論理的思考力は、試験のためにその場その場で覚える暗記やテクニックとは違い、自分で判断し自分で勉強しなければならなくなった時、確実に必要になります。

それに大学受験が年々難化し、試験方式も変わって状況が急激に変化している今、すべてを塾や予備校任せにしていてはお金がいくらあっても足りません。
金に飽かせて塾漬けにされた子どもたちだけが高学歴の恩恵にあずかる、そんな世の中にはしたくありません。

まなびやさんの考える「何のために勉強をするのか」

「何のために勉強するの?」
「学校の勉強なんて、社会に出たら使わないし役に立たない!」
このような問いかけにたいして、その人その人によって様々な答えがあると思います。

もし保護者の方に向けて一つだけを答えろと言われたら、私は
「『勉強するという行為』自体に価値があるから」
だと答えます。

いま小中学生の子どもたちは、早ければ数年のうちに社会に出て働くことになります。
そしてその時頭の中が子どものまま(面倒くさいことはやらない)だったならば、必ず大きな挫折を経験することになります。

そこから立ち直ることができればいいですが、立ち直ることができず引きこもり化してしまうケースが社会問題となっています。

そこまでいかずとも、いったん離職をしてしまえば新卒と同等以上の条件で働くことは非常に厳しい。
※転職も含みますが、高卒者の約40~50%、大卒者でも約30%以上が3年以内に離職しています。
(出典:厚生労働省「新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移」より)

これは私自身の経験でもあり、私が不登校・引きこもり支援で直面してきた現実でもあります。

勉強は、確かに科目の知識それ自体が仕事や生活の役に立つことは少ないかもしれません。
しかし「問題を先送りしようとする自分のなまけ心に打ち勝ち、やらなければいけないことはきちんとやる」という大人として一人前の頭と心を作るための、最適な課題なのです。

それが早ければ受験で有利になり、結果として選択肢の多い、豊かな生活を送ることのできる可能性が高まります。
(これをスポーツや芸術、家業の手伝いなどをとおして学ぶ人もいます。そこに優劣はありません)

ただの機械的な暗記やテクニックでは、受験は乗り切れても人生は乗り切れません。
「講師紹介・指導科目」のページで
「生徒に『自分の頭で考え、自分の手と目で調べさせ、自分の言葉で説明させる力』を身に付けさせる。成績の向上はその後からついてきて初めて価値がある」
と書いたのは、このような理由があるからです。

卒塾後も、自分はなにがしたいのか、そのためにはいつ、なにをすべきで、今どう行動すればいいのか、きちんと論理的に根拠をもって判断、行動できるための頭を作ること。
自分で自分の将来や目標を考え、それに向かって自分の意志で動くことのできる人間を育てること。

これが、まなびやさんの「論理的思考力を鍛える」という指導理念の中身です。

Posted by まなびやさん